green南大東 Page 8/9

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photo01
2003/08/02
 今度は一周線を反対側からたどってみましょう。南地区に立ち寄ってから北上する南線に対し、真っ直ぐ北地区へ向かうこのルートは「北線」という名前が付いていました。当時の地図を見ると、工場を出た北線は、南大東村商工会(旧南大東郵便局)の建物の脇を通り、南大東小・中学校の裏側へと抜けていたようです。現在はセンターラインのある道路になっています。
photo02
2003/08/02
 かつての第18集積場付近に残る軌条。不覚にもしばらくの間、目の前のレールの存在にまるで気が付きませんでした。在所から西港へ向かう道の途中にあって、この場所も自転車で何度も通ったはずなのですが、まさに「灯台もと暗し」ですね(^^;。
photo03
2003/08/02
 サトウキビ畑のど真ん中を走る南線と異なり、北線は今の県道北南線に沿う形で敷設されていたため、ルートを特定するのは割と楽なのですが、敷地そのものはおそらく県道を拡幅した際に飲み込まれてしまったのでしょう。先ほどの第18集積場にあったレールが、北線唯一の残存物件でした。サトウキビ鉄道の現役時代、平行道路は総じて未舗装の田舎道だったことを考えると、その後の変化の激しさは驚嘆すべきものがあります。
photo04
2003/07/31
 第17集積場の手前から分かれていた「北丸山線」の痕跡は皆無。その代わりというわけではないのですが(^^;、大池展望台近くの草むらにトロッコの車輪が転がっているのを発見しました。いったいどこから持ってきたものなんでしょう。
photo05
2003/08/01
 ふるさと文化センターの先にあった「南支線」と「西線」の分岐点。南支線はここで大きく左にカーブを切って、在所地区の南側のエリアに広がる畑へと向かいます。
photo06
2003/08/01
 南支線の敷地は大部分が道路に転用されていました。この写真は、竹内昭さんの『南大東島シュガートレイン』79頁にある南支線のカットと、ほぼ同じアングルで撮影したものですが、サトウキビ鉄道の線路がアスファルトの舗装に変わり、後ろに見える箱形の建物の周囲にサイロなどが増築されているのが分かります。

 


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