green南大東 Page 3/9

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photo01
2003/08/01
 南大東島の主産業である製糖業は、八丈島出身の玉置半右衛門率いる開拓団が、1902年に人力圧搾機によって初めて砂糖の製造に成功したことを端緒としています。玉置半右衛門の事業は1916年に東洋製糖(株)、さらに1927年に大日本製糖(株)へと引き継がれましたが、敗戦ですべての財産が米軍によって接収されて、会社組織は本土に撤退。その後、工場の経営権は1950年に設立された沖縄資本の大東糖業(株)に移り、今に至っています。
photo02
2003/07/30
 島の中心部の在所地区にある大東糖業の工場。南大東島のサトウキビの収穫シーズンは例年12月から翌年の4月頃までとなるため、オフに当たる夏のこの時期は基本的にお休みです。写真右奥、ちょうど「安全第一」の標語が掲げられた建物のあたりが荷降ろし場のようですが、現在はすべてトラック対応となっており、鉄道の存在をイメージさせるような物件は見当たりませんでした。
photo03
2003/07/30
 かつてサトウキビを満載した貨車が集まっていたヤード跡は広大な更地となっていました。背後に見えるやぐらのような建物はサトウキビの計量所。一瞬、トロッコ時代の遺構かと思って心躍らせたのですが、仔細に観察すると柱の形状や作業室のデザインが微妙に異なっており、残念ながら後年になってから新たに作り直されたもののようです。
photo04
2003/07/30
 現役当時のままの美しい姿で残る機関庫は、サトウキビ鉄道の貴重な遺構の一つ。アーチ型をした窓の意匠や珊瑚石灰岩を丹念に積み上げて作った外壁など、いかにも南国らしい洒落たスタイルが印象的です。
photo05
2003/08/01
 機関庫の向かい側に位置する、やはり石積みの外壁を持つ建物はかつての協同組合事務所。サトウキビ鉄道が従業員やその家族の"足"として旅客扱いをしていた時代の発着場もここにありました。よく見ると建物の土台部分がプラットホーム状になっていますね。
photo06
2003/08/01
 機関庫から少し離れた生け垣にサトウキビ鉄道のものと思われる錆びた車輪とレールがひっそりと眠っていました。

 


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